


中央ご本尊への拝礼:
琉璃の光りのなかで厳かに営まれる法要
「自分らしく生きたい」と願う人たちが、このところ
目立つようになりました。
周囲の状況に左右されることなく、自分自身を見つめ、
しっかりした考えを持ち、自分のために納得のいく
人生を送りたい、と心から願う人たちです。
その背景には、核家族、少子高齢化といった社会
現象や女性の社会進出による自立と結婚願望の
うすれ、結果として生涯独身を望む男女が増加し、
夫婦別姓などの考え方や価値観の変化といった時代の大きなうねりと影響があります。
こうした時代に生きる私たちは日常の利便な環境を
当たり前のように受け入れながら、ともすれば知らず
知らずのうちに社会の波に流され続けているのではないでしょうか。
その荒波の中で自分自身を見失い、生き方にとまどう。
昨今の多くの事件にも反映されるように“いのち”の存在までも自他共に軽んじる傾向にあるのは悲しい事実です。
しかし一方で、前述のように「自分らしい生き方」を願う人たちが人生のゴールとして「自分らしい終着駅」を探し求めるケースも増えました。
そして、自分自身が満足し納得できる個人のお墓がますます必要になってきたのです。
さらには、「跡継ぎがない」、「子はいても(墓守の)負担をかけることは避けたい」、あるいは「お墓は
高額で手が出ない」といった世代が増え、従来のお墓に変わる新しいかたちとして一代永代供養の
「納骨堂」が各所に誕生しました。
琉璃殿外観(正面扉より中央ご本尊を仰ぐ)
琉璃殿建立にはもうひとつの背景があり、平成33年(西暦2021年)の「日蓮聖人御降誕800年」を控え、幸國寺が掲げる慶讃事業「5つの柱」のうちのひとつがこれにあたります。
その他、15年前の平成5年には幸國寺内に
永代供養塔が建立され、既に多くの御霊位をお守りしています。
今後も、地域の方々とともに「寺子屋」的なネットワークを広げ、日本の伝統文化の伝承や教育、啓発を通し青少年の育成をめざすなど、これら事業の一環として同時進行しています。

この理念の意味するところは、
互いに感謝しあい、おかげさまの心でふれあう(コミュニケートする)ことで、
互いを尊重し慈しむ心が育まれることを願う、という“想い”です。
それは、一人ひとりが「自分らしく生きる」ことをめざし体現するために、
想いを同じくする人々が、人生の最終章を飾るにふさわしい場「琉璃殿」
に集うことで、“やすらぎの空間”を共有・共感していただくことにあります。

| 名称 | 永代供養納骨堂 「東京牛込 琉璃殿」 |
| 所在地 | 東京都新宿区原町2丁目20番地(幸國寺内) [現地案内所]TEL:03-5287-5931 (最寄駅:都営大江戸線「牛込柳町」より徒歩2分) →詳しくは「アクセス」へ |
| 建立 | 平成18年12月 |
| 建物 | 平屋RC 造 30.6坪(104m2) 八角堂 屋根銅板、外壁コンクリート打ち放し、側壁木製格子飾り 正面大扉(木製・自動式)、正面両サイド大谷石彫刻・クリスタルブロック嵌込 (施工:清水建設株式会社) →詳しくは「琉璃殿の基調と意匠」へ |
| 内観仕様 | 中央ご本尊「琉璃釈迦本尊」、焼香机、荘厳(しょうごん)飾り、献花台 6面光壁:ご霊位「琉璃基」2046基ならびに「納骨収蔵庫」 (納骨総数はご使用人数により異なります) →詳しくは「琉璃殿の基調と意匠」へ |
| 宗派 | 宗旨・宗派・国籍等こだわりません |
| 運営管理 | 日蓮宗正定山「幸國寺」(こうこくじ) http://www.koukokuji.or.jp |


琉璃殿のある「幸國寺」(こうこくじ)は、寛永7年(1630年)中明院日観上人によって開山されました。
関ヶ原の戦い(1600年)以降、戦乱の余韻が残り荒んだ世の中を憂いた加藤清正公が、
“幸せな国をめざす寺”の創建を発願され、その遺訓を日観上人が受け継いだものといわれています。
自然が息づく幸國寺境内には、天然記念物に指定された樹齢500年の大銀杏をはじめ保存樹木も多く、琉璃殿前では桜木が四季を通じて可憐な花を咲かせ訪れる人の心を和ませてくれます。また、寺宝には江戸十祖師の一人「厄除布引祖師」(やくよけぬのびきそし)のお像、清正公自筆の書、棟方志功画伯の画を標した梵鐘等があります。